京都守護職 松平容保の資料まとめ

幕末の会津藩主松平容保について京都守護職時代の記録のまとめ。徳川慶喜、孝明天皇についても。

文久三年一月二十七日 > 風邪で寝込む

昨日ハ参上仕候様被下候處、風邪ニ付何分参謁仕兼候、此段偏ニ御海量被下候様奉願候。慶喜公伝史料編1-422)

「昨日、来るように言われていましたが、何分風邪を引いていて伺えませんでした。このこと、寛大なお心でお察し下さい」

この手紙は二十八日に容保から慶喜に出した書状です。 この日、慶喜の実兄因州池田慶徳慶喜を訪問して、夕ご飯を御馳走になってます。相談の内容は一月二十二日、池内大学が暗殺されてその耳が議奏中山大納言と正親町三条の邸に投げ込まれた件です。